開き直って記事を書くよ

久々にリア垢に浮上した。

私のリア垢にはリアルの友人がたった3人しかおらず、あとはその友人の妹だったり、その友人の友人だったりがフォロワーにいるというなんだか不思議な場所だ。

そんな奇妙奇天烈なリア垢へ顔を覗かせたのは単なる気まぐれ。実に半年ぶりにタイムラインを見たら友人が結婚していたりもしたけれど、私にとってはそんなことどうだってよかった。よくはないけど。おめでとうな。

 

ざっと雑にTLへ目を通せば、そこにOLDCODEXの公式アカウントが浮かび上がって見えた。TLの呟きたちと同じ高さで並んでいるのに、カラフルなアイコンはよく目立つのだ。だから自然、流し見をする目に留まる。

心臓が嫌な音を立てて跳ねた。どきりとか、どくんとか、そんな優しい音はしなかった。ギュッ、という音が近いだろうか。まるで雑巾を絞るような感じだった。とにかく臓器から鳴ってはいけない音が聞こえた気がした。

ご報告、というオタクが怯える言葉の添えられたツイート、一緒に呟かれたリンクの順番に、震える手で画面を操作したあの日から。私はどうにもこの公式ツイートに対して怯えてしまう。あんなに楽しく見守っていたツイートが今ではすっかりトラウマだ。悲しい気持ちになりながらも中身の文面を見れば、それはYORKE.さんのコラム更新のお知らせだった。肩の力が抜けたと同時に、続く「105回更新をもって最終回」の文字に胃がキリキリと痛む。終わりを突きつけられてしまうことが、どうしようもないほど苦痛だった。

それでも私はコラムを読んだ。読みたかった。書籍化されたものを購入するくらいには好きだったから。ちなみにだが、本の入っていた薄型の箱が可愛くて捨てられず、今でも箱のままで保管している。

 

人生いろいろだね。

語り口はとても軽いのに、それは今まで聞いたどんな言葉よりも重さを感じた。ずしりと両手にのしかかる重みに、私は耐えられなかった。スマホの電源ボタンを押して画面を真っ暗にする。深呼吸して、息を整える。

それからもう一度画面を明るくして、生体認証でロックを解除すれば元の画面のお出ましだ。箸より重たい遠征荷物を抱えた両手で、荷物を背負って走った両足で、きっと耐えてみせようじゃないか。そう思いながら、続く言葉たちを目で追いかける。

変わらないものって安心したりするから。

そこまで読んだ頃には、もう目も当てられないくらい号泣していた。耐えるとはなんだったのか。見事私は大量の荷物を地面に散らばらせて泣き喚く赤子になっていた。そこに20歳の頃の私はいなかった。

変わる。それはあの夏から私を苦しめているものだ。報道で世間の評価が変わり、主題歌が変わり、キャストが変わった。私の住む場所と働く場所なんて2回も変わった。全て諸手を挙げて喜べる変化ではなかった。変わることは、今の私にとってちょっとした恐怖だ。そんな中で、変わらずにいることを、安心を理由に選んでくれたのだ。泣かずにはおられまい。

 

ふと気になって前回の更新日を見た。数ヶ月ぶりと書いていたから、私が見落としていただけであの後もコラムを書いていたのかもしれない。

直近の更新日は、2021年7月20日だった。一気に意識が遠のいた。人生で一度だけ失神した時の感覚に似ていた。

 

OLDCODEXが好きだ。今でも、どうしようもないくらい好きだ。むしろ今までのどんな時よりも今が一番彼らを愛しているかもしれない。

だからこそ、ともすれば声優のオタクをしている私の自我よりも強く、例の一件に憤りを感じている。

ずっとずっと冷静に書くことを心がけてきたが、今日だけは言わせてほしい。

 

浮気なんてしなければ、解散なんてしなかったのに。

 

正直に言えば浮気をしていなくとも解散はしていたような気がするのだが(なんとなく二人の関係性やプロジェクトの運用方法が変な方向を向いていたように思っていたので)こんな寂しい幕引きになったのは、どう考えても浮気のせいだ。

今日、初めて憎いと思った。

 

私の好きが、このまま終わらなければいいのに。